治療家になるまで

【治療家への歩み】

私は子供の頃から健康児で、記憶には無いのですが生後10ヶ月で背中に物を背負って歩くほど元気だったそうです。

中学生になると部活動の激しいトレーニングと成長期とが重なり膝が痛みだします。
これが最初に治療院を転々とする症状でした。

治療を受けていても膝の痛みがなかなか取れないので、治療院のいい噂を聞くと親に連れられ転々としたものです。ほぼ毎日のようにいろんな治療院に通いました。
その甲斐もあって半年程で膝の痛みも軽減していきました。

今考えてみると、その治療院の中でも記憶に残っているのが当院の「あいの気療法(特殊カイロプラクティック)」に少し似た治療法だったように思います。


それから月日も流れ社会人となり、バスケやスキーなどで再び膝を痛めることになります。右の膝関節捻挫・靱帯部分断裂です。
これをきっかけに、負傷して弱くなった同じ部分に何度も捻挫を繰り返します。さらに左の膝関節の捻挫、左の足関節の捻挫などの損傷で、治ったころにまた痛めてって感じで2,3年いろんな治療院に通いました。

これが治療院を転々とした2回目です。
この時、個々の治療院の特徴や違いをハッキリと感じました。「治療院によってこんなに違うのんだ!」という驚きでもあったのです。


2回目の数々の負傷をきっかけに、肩こり・首こりなどに悩まされることになります。
これが治療院や健康法などを試みた、3回目の症状です。

足の損傷が多かったため、痛みで損傷部に体重をかけられず、逆の足に体重を載せて歩いていました。そのため、身体のバランスが崩れてきて骨盤や背骨が歪んでいくのが自分でもわかりました。当然かのように肩こり、首こりなどの症状も出てきて、首から背中にかけて全体が重くなっていったのです。
もともと猫背で姿勢も悪くて、当時の仕事内容が細かかったこともあり、症状は悪化していきました。

この頃から健康や身体に対する考え方が変わりました。
そして、治療家というものを意識し始めます。

今までに数多くの治療院を転々として来たことで、治療法や治療の内容、症状への対応など、どのような治療が優れているのかわかってきます。そして目指したい治療や方向性、目標なども意識するようになりました。
でも、ここではまだ行動には移しませんでした。

その後、肩こり・首こりなどへの治療や健康法などいろいろ試みるも、なかなか効果は上がらず、症状はどんどん悪化していきました。仕事などの大切な話の途中でも、首を何回もクルクル回さないと耐えられない状態にまでなりました。そして、もう限界という時に受けたのがカイロプラクティックの治療だったのです。

この時のカイロプラクティックの治療は衝撃的で、今まで受けた治療の中でも印象に残るものでした。それから何度もカイロに通うようになります。カイロの治療を受けてるうちに、再び治療家を目指そうとする気持ちが高ぶってきて、カイロの世界に進みたいと思うようになったのです。

そして、私は治療家として歩み出す決意と、カイロプラクティック療法で、自分を始め、家族や、お困りの方々の力になれるように頑張ろうという思いで、カイロプラクターを目指したのです。